茶経 「飲ということの時の意義は遠いものがある」

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茶経 「飲ということの時の意義は遠いものがある」

茶経

陸羽の『茶経』を読む 第1回目です。

初めに解説本のご紹介をいたします。

上の画像にあります「茶経詳解」(淡交社)という本を基軸に読んで参ります。

布目潮渢さんという中国史(唐代)のご専門の方が書かれた本で、

原文、訳文、注解に、豊富な図版入りで『茶経』を解説されております。

このブログでは、訳文を部分部分引用させていただき、

注解を参照しつつ、『茶経』の1節ずつをランダムに取り上げさせていただきます。

引用・参考の際には、上の図書以外にも、引用元・参考元を明記いたします。

それでは、読んでいきましょう。

今回は、第6章「茶の飲み方」の第1節です。

「翼があって飛び(鳥)、毛があって走り(獣)、口を大きくあけてものを言う(人)。

この鳥、獣、人の三者は、共に天地の間に生まれ、飲み食いして生きている。

飲ということの時の意義は遠いものがある。

渇きを止めるには水を飲み、憂いと怒りを除くには酒を飲み、

昏迷と眠気を払うには茶を飲む」

(引用元:「茶経詳解」157ページ・字体一部変更)

飲む、ということについて、鳥と動物と人間を持ち上げています。

空を飛ぶ鳥も、地を走る動物も、口を大きく開けて喋る人間も、

みんなこの世界に生まれて、飲んだり食べたりして生活している。

確かにそうですね。

ちょっと難しいのは次の一文です。

「飲ということの時の意義は遠いものがある。」

これは、鳥や動物のことなどに思いを馳せると、

この世界では遥か昔から「飲む」という行為がなされていたのだ、

という風に感慨をしているのでしょうか。

もちろん、思いを馳せる方向は、昔のことだけじゃくて、

未来のことも含まれるかもしれません。

遥か昔から「飲む」行為はなされてきたし、

遥か未来にも(天地に生命が存続するかぎり)

「飲む」行為はなされるであろう・・・

当たり前のことなのですが、時の経緯というものを巡っては、

この当たり前のことが、当たり前ではなく感じられる、

そんな瞬間が誰にでもあります。

大樹の年輪を見るとき、海に太陽が沈むとき、星空を眺めるとき、

あるいは、やや偏った例ですが、

死体の爪が伸びたりする事実を知るときなどです。

私のことを基点に「飲む」行為のことを考えても、

私が生まれる前から人はお茶を飲んでいたし、

私が死んだ後も、当然、人はお茶を飲み続けます。

「ああ、このお茶は美味しいなあ・・」という行為は、

延々と繰り返されるわけです。

ここの原文は、「飲之時義遠矣哉」です。

「茶経詳解」の注解によりますと、『易経』の「随之時義大矣哉」の

箇所をもじったそうなのですが、

その『易経』の原典の意味についてはもっと難しくなってしまいそうなので、

ここはとりあえずの宿題にいたします。

『易経』は陸羽の愛読書だったそうです。

飲むことについての感慨そのものと、『易経』のもじりということが

陸羽の中で共存してこの一文になっていると思います。

それでは続きは次回で。

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2017-01-17T15:18:41+00:00 October 7th, 2010|Categories: 中国茶ブログぼちぼち日記, 陸羽「茶経」 by ぼちぼち|Tags: , |

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