中国茶ブログぼちぼち日記

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清香花楼スタッフの中国茶ブログ。中国茶の種類、効能、入れ方、飲み方のほか、中国茶にまつわる歴史、こぼれ話など。2008年-2009年:スタッフ渡部担当。2010年-:販売の小林担当。中国茶ぼちぼち日記。

陸羽の時代の茶の種類 「餅茶」について

陸羽の「茶経」を読む、第7回目です。

今回は、第6章第3節の前半をもとに、陸羽の時代の茶の種類について

できるだけ簡略にまとめたいと思います。

「飲茶には粗茶・散茶・末茶・餅茶がある。

(粗茶は)切って作り、(散茶は)炒って作り、(末茶は)焙り、(餅茶は)臼づく。」

(引用元:布目潮渢「茶経詳解」淡交社 160ページ 一部字体等変更)

粗茶、散茶、末茶、餅茶の4種類があるとのことなのですが、

実際に「茶経」の中で陸羽が評価し、大いに語っているのは、餅茶についてです。

「茶経」の中の製茶道具(第2章)、製茶法(第3章)、茶器(第4章)、

茶の煮立て方(第5章)など、すべて餅茶を基準に書かれています。

その他の粗茶、散茶、末茶については、

「茶経」においては、残念なこととに、詳細に書かれていません。

なので、布目さんの解説でも、この3種については、

「茶経」以外の文典や習俗の研究から、

おおよその意味が仮説のような形で差し出されているだけです。

「粗茶・・茶の葉を摘まないで、枝ごと取り、そのままあぶって葉を湯に入れ

沸騰させて飲む、もっとも原始的な飲み方ではなかろうか。」

「散茶・・散はばらばらになったもので、ここでは葉茶を指すとしたい。

採茶された葉を火乾しただけの葉茶であろう。」

「末茶・・末は粉末の意にも用いる。煬は乾燥を主にした短時間の火乾とみなしたい。

茶採みした葉を火で乾燥して粉末にするのであろう。」

(同上、161-162ページより引用、編集)

「ではなかろうか」「を指すとしたい」「であろう」「とみなしたい」等

いずれも文意を断定する強い言葉ではなくて、

仮説、推測、あるいは問題提起としての軽い結語となっています。

この中でも、あくまで推察ではあるのですが、

散茶は、現代の一般的な中国茶(散茶茶葉)の原型とも言えますし、

末茶は、日本の抹茶(但し蒸して乾燥)の原型とも言えるでしょう。

それでは、陸羽の勧める「餅茶」とは、どんなお茶なのでしょうか?

餅茶というと、現代でも、円盤の形をしたプーアール茶のことを

餅茶ということがあります。(雲南七子餅茶など)

なので、イメージとしては、この固められた茶のことを思い浮かべます。

もちろん、雲南七子餅茶と唐の餅茶には製法で大きな違いがあり、

また、大きさや形状でも違いがあります。

陸羽の時代の餅茶は、銅銭ほどの大きさだったようで、

円形以外にも、四角や花形、靴のような形、水牛の胸のような形など

様々な形をしていたようです。

ただ、両者ともに、固まった固形のお茶という

その外見上のイメージは類似していると思います。

餅茶の製法については、「茶経」第3章2節にこう要約されています。

「晴れた日に茶採みをし、(こしきで)蒸し、(杵臼で)つき、(承の上で)たたき、

(ほいろで)焙り、(さしに)通し、(育に)封じ、茶は乾燥してできあがる。」

(引用元:布目潮渢「茶経詳解」淡交社 67?68ページ)

晴れた日に茶摘みをするのは、これは現代にも通じることで、

雨や湿気が製茶の妨げになるからだと思われます。

特徴的なのは、蒸す工程です。(現代の中国茶に蒸し茶はありません。)

以下、布目さんの解説を基に、餅茶の製法を

簡略にまとめてみます。

1、木製のせいろか素焼き製のこしきをかまどに泥で塗り固め、

 かご入りの茶葉をこしき(せいろ)の中に入れて、蒸します。

2、蒸し終わったら、杵と臼を使って茶葉をつきます。

3、承という四角い石の台に布を敷いて、

 その上で、鉄製の型枠に入れた茶葉を、たたきながら押し固めます。

4、型押しした固形茶を、竹の皮で編んだふるいに並べ、天日で乾かします。

5、乾いた固形茶に、きりで穴を開けます。

6、竹のくしを固形茶の穴に串刺しにして、

 焙炉(ほいろ)という器具の上で火にあぶります。

7、あぶり終わった固形茶を、竹や木の皮をよじった紐でさし通します。

8、木製二段の育という貯蔵ケースに固形茶を入れます。

 茶は上段にいれ、下段には火桶があり、乾燥器として貯蔵、保存します。

以上です。

この餅茶の製法は、陸羽が新しく考え出したものではなく、

すでに魏晋の時代(陸羽の生まれる200年以上前)から行われていた模様です。

(参考:布目潮渢「中国喫茶文化史」岩波現代文庫 86-87ページ)

布目さんの「茶経詳解」には図版も多く、イメージが湧きます。

例えば、1、の蒸す工程は、昔の家のかまどで米を炊く風景を連想しますし、

6、のあぶりの工程は、まるで焼き鳥を焼くような図柄が掲載されています。

(このブログに転載できずに申し訳ありません。)

しかし、正直なところ「茶経」の記述を読んだだけでは、

当時の餅茶の実体はよく分かりません。

陸羽は餅茶の鑑定として、形状や色ツヤ、

また表面の皺の寄り方など、

主に外見上の判断について書いていたりもするのですが、

その検証の仕様もありません。

布目さん自身も陸羽の餅茶を再現する試みをしていますが、

「全体としてよくわからない」と嘆いてもいます。

ただ、「茶経」を読むにあたっては、

当時の茶が、今の一般的な中国茶(茶葉)とは違い、

蒸して固める固形茶であったということは、

とりあえずの事実として理解しておく必要があるでしょう。

次回は、この餅茶の飲み方について触れたいと思います。

それでは続きは次回で。

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茶経 「飲茶には粗茶・散茶・末茶・餅茶がある。」

陸羽の「茶経」を読む、第6回目です。

今回は、前回に引き続き、第6章第3節から読みたいと思います。

「飲茶には粗茶・散茶・末茶・餅茶がある。

(粗茶は)切って作り、(散茶は)炒って作り、(末茶は)焙り、(餅茶は)臼づく。

瓶缶の中に貯え、湯を注ぐ。これを庵茶(えんちゃ)という。

或いは葱、姜、棗、橘の皮、茱萸(しゅゆ)、薄荷などを用い、これを百沸する。

或いは浮き上がらせて滑らかにしたり、或いは煮て沫を取り去るようなことをするが

これらは溝渠の間の棄水になるだけなのに、このような習俗が止まない。」

(引用元:布目潮渢「茶経詳解」淡交社 160ページ 一部字体等変更)

内容を見ていく前に、先ず、同じ箇所の原文を引用いたします。

「飲有觕茶散茶末茶餅茶者。乃斫。乃熬。乃煬。乃舂。

貯於瓶缶中。以湯沃焉。謂之庵※茶。

或用葱薑棗橘皮茱萸薄訶※之等。煮之百沸。

或揚令滑。或煮去沫。斯溝渠間棄水耳。而習俗不已。」

(引用元:布目潮渢「茶経詳解」淡交社 160ページ 一部字体変更)

※「庵」は、正しくは「疒」。「訶」は、正しくは「くさかんむり」あり。

ここは文意がやや読み取りづらい箇所かもしれません。

一文目においては、当時のお茶の種類を4つあげています。

そして、続く二文目以降は、その4種類の茶のそれぞれの製法を、

動詞一語で簡略に説明しているようです。

・粗茶=「斫」切る

・散茶=「熬」炒る

・末茶=「煬」焙る

・餅茶=「舂」臼でつく

ここに対応関係があることは確かだと思います。

ただ、続くそれ以降の文章は(「瓶缶の中に貯え・・」以降です)

お茶の種類の説明を書いているわけではないようです。

陸羽は、ここで、当時の飲茶のいくつかの習俗を

結語で、「棄て水になるだけ」という言葉で、否定しています。

否定している飲み方は、以下の習俗です。

・瓶や缶に入れた茶にお湯を注ぐ庵茶(えんちゃ)という飲み方

・葱、姜、棗、橘、茱萸(しゅゆ)、薄荷等と混ぜ沸騰させる飲み方

・茶を浮き上がらせて滑らかにする飲み方

・茶を煮て沫を取り除く飲み方

よく読むとわかるのは、冒頭のお茶の種類についての文章と、

それ以降の後半部の、飲茶の習俗を否定している文章は、

わけて考える必要があるだろう、ということです。

粗茶/切る=お湯を注ぐ庵茶

散茶/炒る=葱、姜、棗等を混ぜ沸騰させる・・

・・・・

という風に、もし前半と後半で対応関係があると思って読んでしまうと

一つひとつの言葉の意味のつかみ辛さも相まって、

一体なにが書いてるのかわからなくなってしまいます。

(というか、はじめ私がそう読んで混乱しただけかもしれませんが、、)

(お茶の種類について)

「飲茶には粗茶・散茶・末茶・餅茶がある。

(粗茶は)切って作り、(散茶は)炒って作り、(末茶は)焙り、(餅茶は)臼づく。」

——————————————————————————————–

(習俗の否定)

「瓶缶の中に貯え、湯を注ぐ。これを庵茶(えんちゃ)という。

或いは葱、姜、棗、橘の皮、茱萸(しゅゆ)、薄荷などを用い、これを百沸する。

或いは浮き上がらせて滑らかにしたり、或いは煮て沫を取り去るようなことをするが

これらは溝渠の間の棄水になるだけなのに、このような習俗が止まない。」

(引用元:布目潮渢「茶経詳解」淡交社 160ページ 一部字体等変更)

この節は、以上のように、主旨を二つにわけて読みます。

前置きが長くなってしまいました。

次回は、お茶の種類について触れたいと思います。

それでは続きは次回で。

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茶経 「時に広まり世俗に浸みわたり、国朝(唐)に盛んになった」

陸羽の「茶経」を読む、第5回目です。

今回は、前回第6章第2節の続きから読みたいと思います。

「時に広まり世俗に浸みわたり、国朝(唐)に盛んになった。

両都(長安と洛陽)や荊州・渝州地方では、比屋(ひおく)の飲料となった。」

(引用元:布目潮渢「茶経詳解」淡交社 158ページ)

この節では、唐の時代に、お茶が社会の中に広がってゆく様子が記述されています。

前回のブログでは、禅寺や道教寺での喫茶の普及について書きましたが、

ここでは、一般の人々も茶を飲むようになってきたことが分かります。

比屋の飲料となった。

この「比屋(ひおく)」という言葉は、「軒なみ」という意味です。

(布目潮渢「茶経詳解」淡交社 160ページ参考)

軒なみに、街中のどの家々でも茶が飲まれるようになった、というわけで

飲茶が広く普及していった様子がとてもよくうかがわれます。

そして、茶が庶民の嗜好品になっていく、

そのような背景の中で陸羽の「茶経」が書かれたということは、

とても重要だと思います。

実際、「茶経」には、茶を飲むにあたっての当時のハウツー的な面もあり、

茶の一般への普及が、自然にそうした記述を求めたとも言えます。

もし茶が一部の階層だけのものであったら

「茶経」という本は書かれなかった(読まれなかった)かもしれません。

「荊州」は、今の湖北省の荊州で、陸羽の故郷に近い場所です。

「渝州」は、今の四川省の重慶市で、内陸の茶の産地です。

(布目潮渢「中国喫茶文化史」岩波書店 108ページ参考)

内陸産の茶は長江を伝い、陸羽の故郷や江南の諸都市へ

そして、長江から華北への大運河を伝い、黄河沿いの都・洛陽、長安へ、

茶は嗜好品、必需品として、広い範囲に伝播したと考えられます。

また、飲茶の習慣は、漢民族だけでなく、

北方の遊牧民族・回鶻(ウイグル)や、西方の吐蕃(チベット)にも浸透しました。

唐の時代、茶馬交易が始まっていたことが、漢語の文献に残されています。

(参考元:同上 213-216ページ)

一方、茶が商品として流通するのと相前後して、

唐朝は、貢茶制度を茶農に義務化しました。

これは、皇帝へ茶を無償で献上する制度で、

農民を大変に苦しめたと伝えられています。

また、陸羽の晩年には、すでに茶への課税が施行されました。

(参考元:成田重行「茶聖陸羽」淡交社 167ページ)

「茶経」は、茶についての多角的な書物ですが、

貢茶制度や茶の税政、流通ルートのことなど

社会経済的な事柄については、直接言及されていません。

特に貢茶制度について、陸羽はどう考えていたのか、

その真意を知りたい気もします。

それでは続きは次回で。

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茶経/茶の起源 「茶が飲料になったのは、神農氏に始まり・・」

陸羽の「茶経」を読む、第4回目です。

今回は、前回に引き続き、第6章第2節から読みたいと思います。

「茶が飲料になったのは、神農氏に始まり、魯の周公の時に知られるようになった。

(春秋時代の)斉には晏嬰があり、漢代には揚雄・司馬相如があり、

(三国時代の)呉には、韋曜があり、晋代には劉琨・張載、

わが遠祖の陸納・謝安・左思などの人があって、みな茶を飲んだ。」

(引用元:布目潮渢「茶経詳解」淡交社 158ページ)

この節では、茶の歴史について簡略に触れています。

実は、『茶経』第7章においては、茶の史料が具体的に綴られていますが、

この第6章第2節は、そのショートバージョンといっていいでしょう。

ここでは、文献に残っている固有名詞の列挙が主になりますので、

ポイントを絞って読むことにいたします。

ここで注目したいのは、冒頭の「神農氏」です。

神農について、布目さんの注解を引用いたします。

「神農は中国古代の伝説的な三皇五帝の中の三皇の一に数えられ、

人身牛首という記載もあり、農業神であり、また医薬の祖ともされている。」

(引用元:同上 158ページ)

「(司馬貢『史記索隠』の「三皇本紀」に)・・

?”女禍氏没し、神農氏作る。炎帝神農氏。

 姜姓。人身牛首、姜水に長じ、因りて以って姓と為す。

 火徳の王、故に炎帝という。” とある。」

(引用元:同上 172ページ)

現代では、神農氏は、伝説・神話上の存在であり、

その実在については不明、というのが常識になっています。

神農の著作とされる『神農本草』についても、

実際の作者は不明で、後代の編集、筆写により伝承しました。

『神農本草』(『新修本草』)に収められている「茶」についての記述も、

文献学上は、唐代の加筆とされています。

(参考元:布目潮渢「中国喫茶文化史」一、喫茶の起源 岩波書店)

なので、布目さんは、上記の本で、茶の起源を薬用とする説を否定しています。

お茶の歴史、その起源については、神農の伝説もあって、

「中国で、昔は薬として飲んだ」というイメージを持ちやすいのですが、

文献学的には、それは正しくない考え方になります。

なぜなら、「お茶を薬として飲む」という趣旨の文章が、

実際には、飲茶の習慣が広範囲に普及してから後に書かれているからです。

もちろん、陸羽は<茶の起源=薬>とは書いていません。

ただ、『茶経』を読む限り、陸羽は神農が現存したと思っているようです。

これは、時代の制約によるものと考えていいでしょう。

どうして人が茶を飲むようになったのか、ということについては、

今現在も、はっきりとした理由がわかっていません。

前回のブログでは、眠気覚ましのために、

禅寺において茶が盛んに飲まれたと書きましたが、

それより前には、道教の寺院においても、

神仙思想と結びつき、茶が重宝されていたようです。

仙人のように空を飛ぶためには身を軽くしなければならず、

茶は、身を軽くするための仙薬として信じられていました。

また、前漢の時代には、上流階級のなかで、

茶が酒の代わりに飲まれていたと窺わせる記録が残っています。

(参考元:布目潮渢「中国の茶書」平凡社 4-5ページ)

ただ、残されたどんな記録をたどっても、

<はじまりの一杯>に遡ることはできません。

ふぐ料理を発明した人が誰かわからないように、

はじめて木の葉を熱して茶を飲んだのが誰なのか、ということも、

なかなか解き明かせない謎です。

神話に託して茶の起源を語る陸羽は、

ある意味、とても自然な書き方をしているのかもしれません。

それでは続きは次回で。

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陸羽の年少時代、禅寺と茶

陸羽の「茶経」を読む、第3回目です。

今回は、陸羽の幼少時代について簡単に触れたいと思います。

陸羽の伝記について日本で出版された本に

成田重行「茶聖陸羽」(淡交社) があります。

その中で、陸羽の年少時代について書かれている箇所を引用いたします。

「『新唐書』『唐才子伝』によれば、陸羽は捨て子で両親ともわからず、

龍蓋寺の智積禅師に拾われた、とある。

智積は唐代の有名な僧で、『紀異録』によると、代宗皇帝から皇宮に招かれ

特別なもてなしを受けたこともある人物である。

陸羽は年少よりその指導を受け仏教について学び、

また智積は茶を好んだため、茶の入れ方を陸羽に教えている。」

(引用元:成田重行「茶聖陸羽」 22ページ)

陸羽は捨て子で、禅寺の僧に拾われて寺で育った、

また、茶の入れ方も僧に習った、とあります。

龍蓋寺は、唐の竟陵県、現在の湖北省天門県に所在しました。

陸羽の生年は、通説では、開元21年(733年)と言われています。

(参考元:布目潮渢「茶経詳解」-『茶経』解説 淡交社 343ページ)

続けて引用いたします。

「『封氏聞見記』によれば、開元年間(玄宗治世の前半713年-741年)、

泰山霊巌寺には降魔大師がおり、”禅を勉強するには寝ないこと、

夕餉(夕食)を食べないこと、そして茶を飲むこと”と教えていた。

自分の茶器をもって茶を煮込んで飲むことも指導している。

これは、のどをうるおし、眠気を払うのに茶が重要な役割をもっていたためで、

平均して毎日40-50杯を飲んだとされている。

禅の修行に大量に茶を用いたことによって、寺院は自ら茶の栽培、

採茶、製造するところとなり、また寺での催事に茶会が行われたことにより、

多くの名茶が生まれ、茶道具などが発展している」

(引用元:成田重行「茶聖陸羽」 86ページ)

飲茶の習慣は、一般の嗜好品として普及する前に、

禅寺において盛んになりました。

若年僧の座禅の修行は、眠気と睡魔との闘いという一面もあり、

夜通し禅を組むために、茶がたくさん飲まれました。

また、禅寺の建立される環境は、標高や天候、水質など

そのまま茶樹の栽培にも適していたため、

茶の生産、製造も寺の管理にて行われていました。

陸羽は、禅寺の僧に拾われて育てられた年少時代に、

まさに茶摘みの段階から茶と関わって生活していたと言えるでしょう。

茶を作り、茶を入れ、禅のために茶を飲む、

そんな風景が、幼少の陸羽にとっての日常でした。

「茶経」第6章第1節の

昏迷と眠気を払うには茶を飲む。

この一文は、そうした自らの経験を背景に、

自然にしたためられた文章とも考えられます。

もっとも、陸羽は禅寺での生活には不満で、

仏典よりも儒学(五経)を勉強したい、と僧に訴えたりします。

そのため、土方や掃除、牛の飼育等の過酷な労働を強いられ、

11歳になるとついに寺を出て、芝居の一座に加わりました。

ただ、陸羽の意思がどうであれ、

その幼少期において禅寺で茶と出会ったということは、

「茶経」の著作、その茶観に、大なり小なり影響を与えていると思います。

ちなみに、陸羽の姓の「陸」は、

陸羽を拾った智積禅師の姓「陸」からとられています。

智積禅師は、陸羽が寺から去った後も、

陸羽を寺に呼んで茶を入れさせた、と伝えられています。

それでは続きは次回で。

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2017-01-17T15:18:41+00:002010年10月18日|Categories: 中国茶ブログぼちぼち日記, 陸羽「茶経」 by ぼちぼち|Tags: , , |

茶経 「昏迷と眠気を払うには茶を飲む」

陸羽の『茶経』を読む 第2回目です。

今回は、前回に続き、第6章「茶の飲み方」第1節の後半部分です。

「渇きを止めるには水を飲み、憂いと怒りを除くには酒を飲み、

昏迷と眠気を払うには茶を飲む」

(引用元:「茶経詳解」157ページ・字体一部変更)

この箇所では、「水」と「酒」と「茶」の三つを対比する形で取り上げています。

この節の前半部では、前回のブログでも書きましたが、

「鳥」と「獣」と「人」の三つが対比されていました。

しかし、その対応関係が、この後半部で論理的に展開されている

というわけではないようです。

「空を飛ぶ(鳥)」「地を走る(獣)」「口を大きくあけて喋る(人)」

「渇きを止める(水)」「憂いと怒りを除く(酒)」「昏迷を眠気を払う(茶)」

それぞれの意味を考えても、前後に対応関係があるとは思えません。

なので、ここでは、三つを取り上げる、という文章の書き方が

純粋に修辞的な意味合いで反復されていると考えていいでしょう。

そして、語られていることは、とても明快です。

喉が渇いたら水を飲み、鬱憤晴らしをするには酒を飲み、

眠気覚ましにはお茶を飲む。

なんとも現代的・・・というよりも、

「飲む」という行為の普遍性をあらためて感じることのできる一文です。

「飲む」という行為は、やはり、自然に根ざした普遍的な営みとしてあります。

ただ、注目すべきは、お茶についての箇所です。

「昏迷と眠気を払うには茶を飲む」

原文は「蕩昏寐。飲之以茶」です。

この「昏寐」を、布目さんの翻訳では「昏迷と眠気」と二項目に分けていますが、

広義の解釈としては、「眠気/まどろみ」の意味に集約されます。

実際に、布目さんご自身も、前訳においては、「眠気」の一語で訳されています。

(参照元:布目潮渢・中村喬「中国の茶書」平凡社 東洋文庫289 88ページ)

眠気覚ましにお茶を飲む。

これは、非常に即物的なことを書いています。

『茶経』はお茶の「バイブル」なのだから、

きっと高尚なことが書いてあるはずだ、なんて思っていると、

ひょいと肩透かしをくらったような気持ちになります。

もちろん、お茶を飲む目的はこれだけではないはずですが、

陸羽が意味もなくこの一文を書いたとも思えません。

喉が渇いたら水を飲み、憂さ晴らしには酒を飲み、

眠気を追い払うにはカフェイン(茶)を・・・

これは、人の暮らしの経験則に基づいた事実です。

陸羽はここで、茶についての技術や思弁を論じているのではなく、

「飲む」という行為にまつわる簡明で普遍的な事実を

淡々と書き留めてると言えるでしょう。

そう考えるなら、この一文を読み解くヒントは、

陸羽自身の経験に求めてもいいのかもしれません。

陸羽がはじめてお茶を知った時、

はじめてお茶を飲んだ時、はじめてお茶を作った時、

それはどんな時、どんな環境だったのでしょうか。

眠気覚ましにお茶を飲む。

この一文の意味を、

陸羽の年少時代の伝記から考えてみたいと思います。

それでは続きは次回で。

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2017-01-17T15:18:41+00:002010年10月12日|Categories: 中国茶ブログぼちぼち日記, 陸羽「茶経」 by ぼちぼち|Tags: , , |

茶経 「飲ということの時の意義は遠いものがある」

茶経

陸羽の『茶経』を読む 第1回目です。

初めに解説本のご紹介をいたします。

上の画像にあります「茶経詳解」(淡交社)という本を基軸に読んで参ります。

布目潮渢さんという中国史(唐代)のご専門の方が書かれた本で、

原文、訳文、注解に、豊富な図版入りで『茶経』を解説されております。

このブログでは、訳文を部分部分引用させていただき、

注解を参照しつつ、『茶経』の1節ずつをランダムに取り上げさせていただきます。

引用・参考の際には、上の図書以外にも、引用元・参考元を明記いたします。

それでは、読んでいきましょう。

今回は、第6章「茶の飲み方」の第1節です。

「翼があって飛び(鳥)、毛があって走り(獣)、口を大きくあけてものを言う(人)。

この鳥、獣、人の三者は、共に天地の間に生まれ、飲み食いして生きている。

飲ということの時の意義は遠いものがある。

渇きを止めるには水を飲み、憂いと怒りを除くには酒を飲み、

昏迷と眠気を払うには茶を飲む」

(引用元:「茶経詳解」157ページ・字体一部変更)

飲む、ということについて、鳥と動物と人間を持ち上げています。

空を飛ぶ鳥も、地を走る動物も、口を大きく開けて喋る人間も、

みんなこの世界に生まれて、飲んだり食べたりして生活している。

確かにそうですね。

ちょっと難しいのは次の一文です。

「飲ということの時の意義は遠いものがある。」

これは、鳥や動物のことなどに思いを馳せると、

この世界では遥か昔から「飲む」という行為がなされていたのだ、

という風に感慨をしているのでしょうか。

もちろん、思いを馳せる方向は、昔のことだけじゃくて、

未来のことも含まれるかもしれません。

遥か昔から「飲む」行為はなされてきたし、

遥か未来にも(天地に生命が存続するかぎり)

「飲む」行為はなされるであろう・・・

当たり前のことなのですが、時の経緯というものを巡っては、

この当たり前のことが、当たり前ではなく感じられる、

そんな瞬間が誰にでもあります。

大樹の年輪を見るとき、海に太陽が沈むとき、星空を眺めるとき、

あるいは、やや偏った例ですが、

死体の爪が伸びたりする事実を知るときなどです。

私のことを基点に「飲む」行為のことを考えても、

私が生まれる前から人はお茶を飲んでいたし、

私が死んだ後も、当然、人はお茶を飲み続けます。

「ああ、このお茶は美味しいなあ・・」という行為は、

延々と繰り返されるわけです。

ここの原文は、「飲之時義遠矣哉」です。

「茶経詳解」の注解によりますと、『易経』の「随之時義大矣哉」の

箇所をもじったそうなのですが、

その『易経』の原典の意味についてはもっと難しくなってしまいそうなので、

ここはとりあえずの宿題にいたします。

『易経』は陸羽の愛読書だったそうです。

飲むことについての感慨そのものと、『易経』のもじりということが

陸羽の中で共存してこの一文になっていると思います。

それでは続きは次回で。

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中国茶の本 陸羽の「茶経」について

長かった夏もようやく終わり、急に秋めいてきました。

運動会シーズンでもあり、うちの子も毎日練習に精を出しているようです。

まさにスポーツの秋!ですね。

でも、妻(店長・李)やスタッフ渡部にとっては、おそらくは食欲の秋(笑)

そして、草食系の私にとっては、消去法で(というわけでもないのですが)、読書の秋です。

涼しくなってくると、ついつい意識や手が本に伸びてしまいます。

ビジネス書でもなんでも勉強したりするのなら年相応なのですが、

読むのはもっぱら現実逃避に近いのものばかり、、、(やや反省)

それでもこの秋は、なにか仕事に関係したものを、と思い、

陸羽という人の書いた「茶経」という本を読むことにいたしました。

これは、お茶について書かれた世界で最も古い本と言われていて、

中国茶だけでなく、お茶の世界全般でも

「バイブル」のように歴史的な価値がある本と伝えられています。

なので、お茶のことが好きになって、少しお茶のことを調べようかななんて思うと、

必ずこの「茶経」という本に出会うことになります。

分量としてはそんなに大部の本ではないのですが、

いかんせん昔の漢語で書かれていますので、原文ではとても読めません。

現代の中国人が読んでも、読むには読めてしまっても、

なにが書いてあるのかはよく意味が分からない、というのが実際のところのようです。

私も原文そのものに挑戦するのでなく、解説本(原文の何十倍もある)を読み、

その解説本を読んだうえでの備忘録的なことを書くことしかできません。

が、とにもかくにも一生懸命に読んで(と同時にお茶も飲んで)、

自分なりに理解できたことを書いていきたいと思っています。

店のほうは工芸茶が先行入荷し、花茶めぐりセット等を販売開始し、

今季の入荷情報としては一息ついた状況であります。

ですので、こちらのブログでは

陸羽の「茶経」を読む、というお題で、何回か連載をしたいと思います。

ご興味のある方、ぜひお付き合いいただけましたら幸いです。

皆様も充実した良い秋になりますよう切に願っております。

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2010年新茶工芸茶 入荷いたしました!

お待たせいたしました!

2010年の新茶工芸茶、先行航空便が入荷いたしました。

 

現地猛暑で香りづけの作業が遅延し、予定より入荷が遅れてしまいました。

本当に申し訳ありません。

できる限り早く販売をさせていただくために、生産のできた工芸茶から

航空便で先行入荷いたしました。

 

2便以降は船便での入荷となりますので、

全量到着は10月中旬の予定になっています。

 

先行便で入荷している工芸茶は、種類・数量で限りがあるのですが、

販売のできる商品から、順次アップロード、更新をしています。

全量入荷前に、一時的に在庫切れになったり

セット内容が一部変更になったりする可能性もございます。

その際は各商品ページにて随時ご案内をいたしますので、

あらかじめご了承のほどお願い申しあげます。

 

長い間の在庫切れで、たくさんのお客さまにご迷惑をおかけしてしまい、

本当に申し訳ありませんでした。

 

2010年は中国茶全般が不作で、とても心苦しい思いをしていましたが、

工芸茶については、春の茶葉の確保から、原材料の質、丁寧な編みこみ技術、

また夏季のジャスミン香りづけの入念な作業まで、

現地茶農家さんや工場の協力の元、とても良い仕上がりとなりました。

新しい種類の工芸茶も新発売となりますので、ぜひお楽しみください。

 

尚、原価高騰や工賃の上昇により、価格改定をさせていただいております。

どうぞご理解、ご了承のほどお願い申しあげます。

 

オーダー生産、工場直輸入の当店こだわりの工芸茶を

皆さまにご賞味いただけましたら幸いです。

 

中国茶の清香花楼

9/17(金)販売開始!
工芸茶お試しセット>>

9/18(土)販売開始!

工芸茶ギフト・ポットつきセット>>

工芸茶ギフト・スタートセット>>

工芸茶ギフト・デラックスセット>>

 

9/19(日)販売開始!

工芸茶・美人セット>>

工芸茶・花園セット>>

 

9/20(月)販売開始!

工芸茶・夢中恋人(単品)>>

工芸茶・千日双花(単品)>>

工芸茶・茉莉七仙女(単品)>>

工芸茶・心心相印(単品)>>

工芸茶・丹桂飄香(単品)>>

工芸茶・蝶恋花(単品)>>

工芸茶・仙女仙桃(単品)>>

 

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ジャスミン茶2010年、未入荷となります。

先日完売となりましたジャスミン茶・福州白龍珠王なのですが

2010年今年度は、未入荷となります。誠に申し訳ありません。

コロコロジャスミン茶の生産でのポイントは

・茶葉(白茶福雲の芽の部分)

・香りづけ(ジャスミンの蕾)

大きくこの2点なのですが、

今年の春の冷え込みで、新芽の良い茶葉が満足に収穫できず、

白龍珠王の等級のジャスミン茶の生産ができなくなりました。

二番茶、三番茶以降の白茶で生産されたジャスミン茶は

もちろんあるにはあるのですが、

価格と質のバランスを考えて、当店では入荷は見送りとさせていただきました。

本当に申し訳ありません。

現在、2009年度のジャスミン茶を販売しておりますが、こちらも在庫限りの販売となります。

ジャスミン茶・茉莉龍珠1級(2009年)在庫少し

ジャスミン茶・茉莉龍珠2級(2009年)在庫あり

来年は良いジャスミン茶が入荷できるよう最善を尽くしますので

どうぞご理解いただけますようお願い申しあげます。

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鳳凰単叢2010年産、未入荷となります。

鳳凰単叢2010年、天候不順による不作のため、未入荷となります。

新茶入荷をお待ちいただいていたお客様、誠に申し訳ございません。

試飲を繰り返しましたが、価格と質のバランスのいいロットが見つかりませんでした。

2011年には仕入れができるよう精進いたしますので、

何卒ご了承のほどお願い申しあげます。

尚、8月現在の鳳凰単ソウの在庫状況は以下の通りです。

<2008年産>

鳳凰単叢・玉蘭香 在庫少し

鳳凰単叢・蜜蘭香 在庫あり

鳳凰単叢・桂花香 在庫少し

<2009年産>

鳳凰単叢・烏ドン群体香 完売

鳳凰単叢・玉蘭香 在庫あり

鳳凰単叢・蜜蘭香 在庫少し

鳳凰単叢・桂花香 在庫少し

鳳凰単叢・黄枝香 在庫あり

鳳凰単叢も年数を重ねると発酵が進み、味に丸みがでてきます。

1年前、2年前の茶葉も美味しく召しあがれます。(常温密閉保存しています。)

新茶を購入してもすぐには飲まずに、1年、2年・・と、味の変化を楽しむこともできます。

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武夷岩茶2010年 未入荷となります。

武夷岩茶2010年、天候不順による不作のため、未入荷となります。

新茶の入荷をお待ちいただいていたお客様、誠に申し訳ございません。

価格と質のバランスの見合うロットが見つかりませんでした。

2011年には仕入れができるよう精進いたしますので、

何卒ご了承のほどお願い申しあげます。

尚、7月末現在の武夷岩茶(2009年産)の在庫状況は以下の通りです。

武夷岩茶・大紅袍(第2世代) 完売

武夷岩茶・大紅袍 在庫少し

武夷岩茶・白鶏冠 完売

武夷岩茶・鉄羅漢 完売

武夷岩茶・水金亀 在庫少し

武夷岩茶・肉桂 完売

武夷岩茶・千里香 在庫少し

2008年産の武夷岩茶は完売いたしました。

2009年産の岩茶は、1年保存している間にも自然に発酵が進み、

新茶の状態よりも、味、香りともに円熟した茶葉になっています。

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ただいま 新世代中国茶品牌-清香花楼マーケットプレイス禅ファッションZENVAVA の2つのストアにて中国直送販売をしています。