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陸羽「毀茶論」について

陸羽「毀茶論」について
「茶経」を書いた陸羽には、「毀茶論」という著述もあることが同時代の書物から知られている。散逸してしまったのでその内容は不明だが、執筆の動機からは、茶を俗世間と切り離して考える陸羽の思考を想像することができる。茶と権力との対立というテーマは、日本の千利休やその弟子の宗二にも見いだすことができるだろう。

茶を飲む人数と碗数について

茶を飲む人数と碗数について
陸羽「茶経」第6章の最後の段の解釈。茶を飲む人数と碗数について。「さて美味で香り高い茶は、その碗数は三。これに次ぐ碗数は五。 もし座客の数が五人になれば三碗を行い、七人になれば五碗を行う。 もし六人以下なら、碗数を定めない。 ただ一人分だけ足りないときは、その雋永(ぜんえい)で欠けている人の分を補う。」

茶経11「ああ天が万物を育てるのに・・・」陸羽の嘆き

茶経11「ああ天が万物を育てるのに・・・」陸羽の嘆き
陸羽「茶経」を読む。「ああ天が万物を育てるのに、すべてきわめて巧妙なところがある。人がつくるものは、ただ浅薄安易をあさっている。」 茶は、ある時は天のものでもあるし、ある時は人のものでもあると、私は考えます。それは、天のものとも言えないし、人のものとも言えない、そういう二重性も孕んでいると思います。

茶経10 茶器 風炉その2

茶経10 茶器 風炉その2
陸羽の「茶経」にある風炉は、陸羽の茶道の中心となる茶道具です。この風炉は、易経の五行思想に典拠しながら、万物の要素を体現するものとして意味づけが行われています。それは、茶を飲むということが、自然と人とのつながり、その接点の一つとして、陸羽が考えていたことの現われでもあると思います。

茶経9 茶器 風炉1

茶経9 茶器 風炉1
陸羽「茶経」の茶器について。風炉。易の卦の象徴的な意味。風炉は、金属(金)で作られていて、釜には湯(水)がある。燃料の木炭(木)が燃えて(火)、燃えると灰かす(土)になるので、五行すべてが均しく備わっている。病気は五臓から起こるが、風炉には万物の五元素があるので、茶はどんな病気にも効果がある、という趣旨になります。

茶経8「餅茶」の飲み方、茶器について

茶経8「餅茶」の飲み方、茶器について
陸羽「茶経」における餅茶の飲み方について。茶器の指定、陸羽の茶道。「茶経」という本では、茶の飲み方そのものよりも、道具についての具体的な記述が、第4章の「茶器」にあります。陸羽は「茶経」で、24の茶器を指定しました。

茶経7 陸羽の時代の茶の種類「餅茶」について

茶経7 陸羽の時代の茶の種類「餅茶」について
陸羽「茶経」の時代の茶の種類について。「茶経」の中で陸羽が評価し、大いに語っているのは、餅茶についてです。餅茶の製法は、陸羽が新しく考え出したものではなく、すでに魏晋の時代(陸羽の生まれる200年以上前)から行われていた模様です。餅茶は、蒸して固める固形茶と考えていいでしょう。

茶経6「飲茶には粗茶・散茶・末茶・餅茶がある。」

茶経6「飲茶には粗茶・散茶・末茶・餅茶がある。」
陸羽の「茶経」。第6章第3節「飲茶には觕茶・散茶・末茶・餅茶がある。」当時の茶の種類について。「飲茶には粗茶・散茶・末茶・餅茶がある。(粗茶は)切って作り、(散茶は)炒って作り、(末茶は)焙り、(餅茶は)臼づく。」

茶経5「時に広まり世俗に浸みわたり、国朝(唐)に盛んになった」

茶経5「時に広まり世俗に浸みわたり、国朝(唐)に盛んになった」
陸羽「茶経」第6章第2節、茶の普及について。唐の時代に茶は庶民の嗜好品となった。「時に広まり世俗に浸みわたり、国朝(唐)に盛んになった。両都(長安と洛陽)や荊州・渝州地方では、比屋(ひおく)の飲料となった。」

茶経4/茶の起源「茶が飲料になったのは、神農氏に始まり・・」

茶経4/茶の起源「茶が飲料になったのは、神農氏に始まり・・」
陸羽「茶経」での茶の起源への言及「茶が飲料になったのは、神農氏に始まり、魯の周公の時に知られるようになった。 (春秋時代の)斉には晏嬰があり、漢代には揚雄・司馬相如があり、 (三国時代の)呉には、韋曜があり、晋代には劉琨・張載、 わが遠祖の陸納・謝安・左思などの人があって、みな茶を飲んだ。」(布目潮渢「茶経詳解」淡交社)

茶経3「陸羽の年少時代、禅寺と茶」

茶経3「陸羽の年少時代、禅寺と茶」
陸羽は年少時代に禅寺で育ち、智積禅師から茶の入れ方を教わった。仏教(禅)と茶文化の関係は深いものがある。"禅を勉強するには寝ないこと、夕餉(夕食)を食べないこと、そして茶を飲むこと"。

茶経2「昏迷と眠気を払うには茶を飲む」

茶経2「昏迷と眠気を払うには茶を飲む」
陸羽「茶経」第6章第1節後半。喉が渇いたら水を飲み、鬱憤晴らしをするには酒を飲み、眠気覚ましにはお茶を飲む。陸羽はここで、茶についての技術や思弁を論じているのではなく、「飲む」という行為にまつわる簡明で普遍的な事実を淡々と書き留めてると言えるでしょう。