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清香花楼 再開しました!

こんにちは。お久しぶりです。清香花楼の李雲清です。

みなさま、毎日お元気で過ごしていますか?

清香花楼が一時閉店でお休みしまして、ご迷惑をかけてしまいまして、本当に申し訳ございませんでした。

子どもを海外留学させて、教育重心になっています。そして、ずっと子どもの傍についています。

おかげ様で、素敵なお友達との出会い、たくさん貴重の体験をさせていただいています!

この間、日本で中国茶販売できなくて、ごめんなさい。

2016年は、姉妹店 ZENVAVA禅ファッションという店オープンしています。

茶人服、念珠、茶陶器などブランド実店舗の多数の商品をご紹介しています。

そして、2018年夏、ついに、清香花楼も再開することしました!

まだ洛施玫瑰花茶だけですが、中国の友達知人と協力して、少しずつお茶を増やしていきます。

新しいショッピングサイトはこちら!→ 中国茶の清香花楼マーケットプレイス

洛施花舎の薔薇花茶は、無添加物、無農薬残、無香料、無色素、無硫酸です。

色は鮮やか紫紅で、低い温度で焙煎するので、メイグイ花の天然の綺麗な色が、そのまま留まります。

形は皇冠みたいで、精選したつぼみは、毎年メイグイの樹の一番はじめに咲く花だけです。

それで、精油含量も滋養価値も、とても高いです。

馥郁の香り、天然純浄のメイグイの花の香りで、まるで茶杯の中に美容院あるみたい。

ほんのり甘くて、とても美味しくて、ほっとリラックスできます。

洛施花舎 中国茶の清香花楼で販売中!
薔薇花茶ヴィーナスボトル
洛施花舎 薔薇花茶

中国でも若い人に大人気!
花茶ボトルつきのお買い得セットあります☆

洛施玲董

洛施花舎は、1992年生まれの、陳暁玲チェンシャオリンという
とても若い女性社長さんの会社です♪

洛施花舎の花茶のドラマもあります! 中国語なのですが、ぜひ見てくださいネ

新しい清香花楼では、お客さまオーダーのお品を、中国から直接お客さまのお手元にお届けいたします。

販売する商品は、ブランド優先して、品質管理も重視しています。

どうぞ、お時間ありましたら、ご覧ください!

ご質問ありましたら、お気軽にお問い合わせください。

そして、貴重なご意見もいただければ、とても嬉しいです。

みなさまのご注文 ご感想、心よりお待ちしております。谢谢!

サントリー烏龍茶のCMと「中国」

サントリー烏龍茶のホームページへ行くと、最新の広告やCMが掲載されています。
2017年3月現在、「烏龍茶」のCM紹介はリンクが切れていて、画面を少しスクロールすると、「肉!ときたら、」というキャッチコピーが強調されています。
一方、「黒烏龍茶」の広告紹介のほうでは、YouTubeにアップロードされたCMが見られます。ミランダ・カーさんが日本語と英語を入り混ぜて「黒烏龍茶」のプレゼンテーションを大勢の聴衆の前で行っています。「脂マネジメント。」というキャッチの「マネジメント」という言葉からは、これは特に忙しいビジネスマンを潜在ターゲットに制作したCMなのだろうかと推測されます。

ミランダ・カーさんが「黒烏龍茶」のCMに起用されたのは、2014年か2015年頃だったかと思います。私がはじめて見たのはテレビのCMではなくて、Yahoo!Japanポータルサイトのトップに表示されたバナー広告でした。記憶に残っているのは、サイドの余白に黒いドレスを着たミランダ・カーさんがすらりと立ち、スタイリッシュなボトルを手にしていて、そして「KURO」という美しいフォントの文字が目に飛び込んできたことです(細かい点は記憶違いがあるかもしれません)。「こうきたか」と、思わず唸り、普段は滅多にクリックしないバナー広告をカチッとクリックしたのを覚えています。

中国茶専門店のブログでこんなことを書くのはやや気が引けるのですが、サントリーの烏龍茶は、偉大な存在です。
お茶飲料(Soft drink)はお茶(Tea)ではないという理屈をこえて、サントリーの烏龍茶は、疑いもなく偉大な存在です。

烏龍茶ブームの嚆矢となった面もさることながら、長い間、サントリーの烏龍茶のCMでは、ひたすら「中国」が題材とされてきました。「中国」は、まるで通奏低音のように、烏龍茶商品の背景に常に意識され、描かれるべき像として、お茶の間のブラウン管/液晶パネルに茫洋と広がっていたのです。実際、80年代、90年代、2000年代と、サントリー烏龍茶の古いCMを見ると、その時々の日本人が、「中国」というものにどういうイメージを抱いていたのかを窺い知ることができます。

1986年「家族篇」
相変わらず売れ行き好調で、いつのまにかCMを年一本、レギュラーでつくることになっていた。中国へは入国できなかったので、イラストにするしかなかった。春、 大人たいじん夫妻は美しい娘をさずかった。二人から三人へ。

1987年「お茶の葉主義/茶摘み篇」
アニメ展開に限界を感じ始めたとき、中国へ入れるという知らせが入った。ウーロン茶初の中国ロケ敢行CM。やはり最初は茶摘みだろうと、ウーロン茶の聖地武夷山ぶいさんにて茶摘み篇。中国は想像以上の異郷だった。

1988年「お茶の葉主義/茶工場篇」
前年の武夷山につづき、二大産地のもうひとつ 安渓あんけい の茶工場で撮影。当時は「日中国交」レベルのつきあいで、昼も夜も宴会。日本人はネクタイ着用だった。珍動物フルコース料理に感激しつつ、みな即席ラーメンを部屋で食べてた。

1990年「京劇院篇」
茶産地の福建省を離れ、中国を代表する大きなお茶としてのウーロン茶というつかまえ方に。京劇院にて、前を向く若者たちを撮影。カメラ上田義彦さん、監督前田良輔さん。ウーロン茶的広告世界が定まった。

サントリーウーロン茶 歴代CM集(SUN-AD 安藤隆氏コメント)より引用

80年代の「お茶の葉主義」というコピーをきっかけに、90年代-2000年代にかけて、一貫して中国現地でのロケを敢行しています。岩茶産地の武夷山、鉄観音の産地の安渓、そして水墨画の世界そのままの桂林へ。ロケ現場はお茶産地から離れることもありますが、そこでは「お茶」をモチーフとしながらも、人民服風ののどかな農村、伝統的な京劇舞踊やカンフー、まだ近代化の途上にあるかのような郊外の風景など、当時の日本人が一般的に抱く「中国」のイメージが肯定的にコラージュされていました。
それは、日本人の目を通して描かれた「中国」であり、中国の現実の風景を日本人の視点から「かくあれかし」と構成し直した仮構的理想郷であったかもしれません。
ただ、この烏龍茶CMを媒介として描かれた「中国」は、事実として日本人の無意識裡に鮮明な像を形作ってきました。2000年前後をピークとした日本国内での中国茶ブームは、いかに本場の高級茶を志向する専門店であったとしても、このサントリー烏龍茶のCMによって描かれた「中国」像に(直接、間接を問わず)大きく依存していたことは否定できません。いささか大仰に懐古するなら、戦後の日本が平和国家としてその繁栄の頂点を極めたとき、日本人にとっての「烏龍茶」は、まさに「中国」のイメージを代表する中心的な存在であったと謂えます。異国の茶畑からきた茶色で透明なきらきら光る不思議で素朴なお茶。そのお茶の中に、日本社会はスクリーン上にしか存在しない桃源郷のようなものを夢見ていたのです。

例えば、1992年の「ドライブ篇」と言われている30秒間のCMにおいては、冒頭から半ばほどまで、何の説明もなく中国語の会話が流れます。
二人の女性による中国語の音声は、静かな高音で揺れる電子音のBGMにかぶさり、意味は一切不明のままです。カメラは霧の中の林の風景をロングショットで捉え、その色彩は息をのむくらいに美しく、淡いブルーが灰色の粒子に溶け込んでいます。遠景に白いワンピースの中国人女性二人の半身がうっすらと浮かびあがります。つづいて、この霧の中の畦道をメーカーも年代も不詳の小さな白い車が音もなくゆっくり走り、そしてフェイドアウトします。流れている中国語の会話の意味をお茶の間の日本人は理解できません。というよりも、それを理解する必要もなく、その中国語の響きそのものに世界を変貌させる価値があると信じさせるかような密度の高い時間が流れます。
CMの20秒ほどでようやく日本語のキャッチが入り、髪の毛をまとめあげた白いワンピースの女性が遠くを眺めながらなにか飲み物の入った容器をゆっくりと口にし、フェイドアウトします。その瞬間の彼女の表情は神秘的で、うっすらと笑みを浮かべているように見えます。これが烏龍茶のCMだと分かるのは最後の1秒か2秒にボトルと缶のラベルが映るからで、見る人はわずか30秒の間にぎっしり2時間の映画を見たかのような眩暈に似た幻惑を体験します。
純粋に映像作品として見ても、この完成度の高さには刮目すべきものがあります。このような表現がテレビのCMで許容されていたのは、やはり当時の日本社会に「中国」をイメージする想像力の余地が大きかったからだと思われます。

そして、90年代末から2000年代に入ると、「世界の工場」と言われる中国へ実際に赴任/出張する日本人駐在員なども増え、「中国」の成長と実像が、烏龍茶のCMにおいては明るくポジティブなトーンで描かれることになります。折しも北京オリンピックの開催が決定し、広告制作の現場としても、「中国」にポジティブな価値を付与するのは自然な流れだったのかもしれません。
桃源郷はもはや夢見る彼方ではなく、その神秘性は薄れ、実在性を帯びたリアルな幸福感とともに描かれます。

チャイナドレスで踊る「上海ブギウギ」は、あろうことか「東京ブギウギ」のあられもないパロディであり、その陽気さと可愛さと明るい色彩感覚が、2002年の現実の上海の街並の中に描写されます。遠い桃源郷の代わりにあるのは、おいしそうな桃の形の饅頭であり、ガラス越しに調理する小龍包であり、外灘のクルージングであり、それらは多くの日本人が実際の中国旅行で目にするものと同じリアリティーで表現されています。

また「自分史上最高キレイ」「中からきれいになる国」「自分をお強く」などというコピーは、2017年の今からはまったく想像もできないほどに楽観一色で、その中国/中国茶へ注がれた日本社会からのまなざしは、わずか10数年前とは思えないほど隔世の感があります。
2003年、厳寒の大河をジャケにしたサントリー烏龍茶のCMソングがCDになりましたが、おそらく、清涼飲料市場でのウーロン茶の出荷数も、この頃がビークだったのではないかと思います。

このポジティブなトーンに変化が生じるのは、2005年の反日デモ以降で、上記SUN-AD様のサイトには、その年の現地ロケが中止になった由も記載されています。その後、品質訴求のためいったんは茶畑シーンに回帰しますが、広告としてはややインパクトに欠けたのでしょうか、2006年に入ると、まだ多くの人にとってその記憶に新しいであろう「姉さんは、ずるい」のシリーズがはじまります。
それまでの「お茶の葉主義」路線から、食事と一緒に飲む烏龍茶という、現在の「黒烏龍茶」にもつながる機能的な側面に焦点をうつすことになります。

しかし、この「姉さん」シリーズにおいても、その姉妹がまさに中国人であり、中国語で会話をしているという設定において、烏龍茶のCMから「中国」が消えたわけではありません。
舞台は普通のキッチンであったり、プールサイドであったり、バレエの練習室であったりと、ステレオタイプな「中国」は影をひそめましたが、彼女たちの話す中国語はソフトに心地よく響き、「中国」はまだ日本のお茶の間において、特にその音声において、一定のイメージを持ち得ていました。しかも、ほとんどの中国語のセリフには日本語字幕がつき、設定もシナリオも視聴者に理解されるべきものとして演出されていたのです。
トントンという名の妹は、容姿端麗な大学生の姉に憧れと嫉妬のまざったコンプレックスを抱いています。姉はいつもあんなにたくさん食べるのに、太らない、、、姉の手料理はとても美味しい、、、姉にはボーイフレンドもいる、、、私は綺麗になるためにバレエをはじめた、、、なかなか上手くならない、、、でもがんばる、、、この時、日本人は、この「中国」を軸として描かれた二人の姉妹のストーリーを、日本社会と同一線上にある日常の世界として受け入れていたのかもしれません。
異国の理想郷は旅行的なエキゾチシズムを経て、今度は日常世界の延長にある地続きの空間として描かれました。ここに、「日本」と「中国」の奇妙な融合が、CMという短く儚い映像上で実現したのです。

2009年には「君とはじめて飲んだお茶、イー、アー、サン、スー、ウー、ロン茶、・・ロン、ロン、ロン、ロン、ウーロン茶」と、中国人の母娘、そして父娘が、全編を日本語/中国語混じりで歌うCMが制作されています。これがきわめて特異なのは、従来のBGMのように日本の原曲をアレンジして中国語で歌っているのではなく、中国人の出演者が日本語歌詞を覚えて歌をうたっているということです。
サントリー烏龍茶20年来の達成点といっていいような表現かもしれませんが、皮肉にもこれを境にCMの方向性は反転し、その内実の構想力は無慚にも保守的なものになっていきます。

最後に「中国」が描かれたのは、同上SUN-AD様サイトの記述によると、ファン・ビンビンさんが福建省アモイの海岸でカツサンドを頬ばりながら「烏龍茶」を飲んでいるシーンです。
これも「食事+烏龍茶」という路線で、スクリーン上の「中国」はかなり中和されたものになっていますが、ヒロインが有名な中国人女優であり、BGMにアラレちゃんのテーマソングが中国語で歌われていたりもするので、その通奏低音に「中国」を使おうという意思が残っていたことは間違いありません。「中国」でありながらも「日本」と通じ、しかしそれが現実にどこにあるのか分からないような世界。アモイの海岸は限りなく中性的で、それがアモイだと説明されなければ、そこが「中国」だとはほとんど誰にも認知されません。ファン・ビンビンさんは一言半句も何語も話さず、ただ食べ、ただ飲み、カメラはその表情を執拗にアップで映します。

ファン・ビンビンさんの食べるものは、カツサンドだけではなく、カレーであったりラーメンであったり小龍包であったりしますが、主眼は「食べる」というシーンを強調することです。
2006年の「姉さん」シリーズにおいては、中国人姉妹と彼女たちの中国語の響きで象られる生活感がその舞台設定の中心を占めていましたが、ファン・ビンビンさんのシリーズにおいては、「中国」的なるものはCMを構成する二次的な要素にとどまっています。モチーフとしての「中国」は、日本のお茶の間の空気を壊さないよう配慮されており、それらはすべて置き換えることの可能なインテリア/小道具として周到に配置されています。ある意味、この段階ですでに「中国」を舞台として撮影する優位性は失われつつあったと見るべきかもしれません。
これが2011年のことで、以後、烏龍茶のCMから「中国」はほぼ完全に姿を消すことになります。

2011年は震災の年として記憶されますが、中国との関係でいうと、この年の初め、中国のGDPが日本のそれを抜き、中国が世界第2位の経済大国になるというニュースが流れました。
そして、翌2012年秋には、再び反日デモが(2005年よりも大規模な動員で)発生します。この際の日本語メディアの報道は、日本人の対中感情を悪化させた決定的なものでしたが、SUN-AD様のサイトを読むと、このデモ発生よりも前に、すでにCMの撮影現場を日本に切り換えていたことが分かります。時代の空気に敏感でないと広告制作は難しいのでしょうが、二十数年つづいた中国ロケをやめるのは、大きな決断だったのではないかと思います。

その意思決定がどんなものだったのか、一般には知ることはできないのですが、中国ロケで烏龍茶CMの撮影を担当されていた上田義彦氏の言葉は、いま読んでみても、とても示唆に富んでいます。

サントリーウーロン茶の写真やCMを撮ったり、演出したりしながら、約20年が経とうとしています。中国のあちこちに行き、印象深い人々と出会ううち、「はるか感」などと言い始めたのは、中国の広大な土地と人々の暮らしを見て、自然に出てきた言葉です。
この広告作品を通して、もう一人の私が自然に立ち上がってきたように思います。ゆっくりと流れる時間の中にどっぷりと身を浸し、安藤隆氏、葛西薫氏、高上晋氏らと広告をつくる。そうやって出来上がって来るものへの喜び、これは一人でつくる作品では味わえない全く別の喜びです。この仕事と関わることが出来た幸せを、とても強く感じます。
そんな中で起こる中国での出来事は、私にとって、不思議な言い方に聞こえるかもしれませんが、全て夢の中のように思えます。そしてこのサントリーウーロン茶の広告をつくるために集まったたくさんの人々と一緒に、夢をつかまえる旅だと思っています。その旅が終わり、飛行機が日本の空に近づくと、急に現実に帰って来たのだという、何か夢から覚めたような淋しい気分を抱くようになりました。
私にとってサントリーウーロン茶の写真を撮ることは、それを見る人々に一瞬の夢を見てもらう、いわば夢先案内人のようなものだと思います。いい夢を見てもらえるように、私自身、いい夢を見ようと思っています。

FUJIFILM Fotonoma 上田義彦氏インタビュー(2008年12月)より引用

今思うと、ウーロン茶の仕事は宝物をいただいたんだなって思います。もう2度とできないような仕事を、ある時期、ちゃんと、精一杯やらせていただいた。これまでの広告を見て、つくづく思います。

AdverTimes. 上田義彦×葛西 薫が語る写真と広告 「光、形、言葉、なにやらかにやら」(2014年10月)より引用

対談の語り口から、上田氏、葛西氏、両氏ともにすでにサントリー烏龍茶のCM制作には携わっていないことが推察できます。少なくともCMを完全に過去のものとして語っている上田氏の降板は明らかで、2012年前後に、サントリー烏龍茶のCM制作チームの編成に大きな変更があったことが想像されます。

事実、2013年からの烏龍茶CMは、日本人の普段の食生活にとけこんだ「烏龍茶」を描きます。肉、脂、食事などというキーワードを軸に、日本人の日常の食生活に「烏龍茶」をひきつけることによって、CMはその商品としての日常性を強調しようとします。舞台は日本、メインの出演者は日本人のみ、語られるセリフも日本語のみです。それは、もしかしたら「夢から覚めた淋しい」ものかもしれませんが、「中国」にポジティブなイメージを投影するのが難しくなってしまった日本社会の「現実」でもあります。

「肉!ときたら、ウーロン茶」という断定は、従来からの「食事+烏龍茶」路線をさらに推しすすめたものですが、このコピーには、それまで烏龍茶CMを構成してきた「中国」的要素の不在を不問にするかのような号令的な響きもあります。CMのキャプションが新聞の折り込み広告のようにベタなのもおそらくは確信犯で、ここで志している唯一のことは、ウーロン茶という「中国」のお茶が、「日本」のお茶の間の空気とさかしらに対立しないようにすることです。そして、それは数字的には一定の成果を得たのだろうと思います。

かくして「烏龍茶」から「中国」のイメージが薄くぼやけて見えにくくなった、満を持してとさえいえるようなタイミングで、冒頭にも触れた、ミランダ・カーさんの登場になります。

ミランダ・カーさんの黒烏龍茶のCMは、「中国」を完全に封印することによって成立しています。
「中国」というものを、表層上微塵も感じさせないことによって、その商品としての日常性、日本人の食生活と共にある「烏龍茶」をアピールしています。

これは、今の日本人にとって、「中国」がネガティブな像になってしまっているから、その負のイメージを商品から払拭したという風に解釈するのが自然かもしれません。しかし、果たして本当にそうなのか。確かに、CMは商品の売上を伸ばすためにあるのだから、わざわざ「中国」を前面に出してマイナスになるようなCMをつくってどうするのだ、と考えるのが妥当でしょう。しかし、本当にそうなのか。
私は数年前にYahoo!Japanのトップページで黒いドレスに身を包んだミランダ・カーさんの颯爽とした姿に虚をつかれて以来、この「本当にそうなのか」という問いを、何度も自分の中で繰り返しています。
なぜなら、もし仮にミランダ・カーさんの烏龍茶CMが中国のテレビで放映されたとしても(契約上はありえない仮定かもしれませんが)、それは多くの中国人にとってなんの違和感もなく、概ね好評価で受け入れられるだろうと容易に想像されるからです。ただし、彼女は英語/中国語を話し、チャイナドレスを着ることになるかもしれませんが。

ミランダ・カーさんは、日本人でも、中国人でもありません。彼女の存在は、日本人に「中国」のことを忘れさせてくれるカムフラージュではありますが、同時に、彼女の黒烏龍茶のCMは、「日本」と「中国」という二項対立的な視点そのものを無化し、第三者の立場からその商品の価値を語りかける多声的な効果を内在しています。なので、あとはそれを「日本」のサイドから演出するのか、「中国」のサイドから演出するのか、その視差こそが本質的な問題ということになります。

同じものを見るにも、違う角度から見ると、別のものに見えることがあります。こちらから見えるものが、あちらからは見えないということもあります。逆に、こちらからは見えないものが、あちらからは見えるということもあります。見えるものと見えないもの、そしてそれによる人間の認識/感情のぶれは、視差が生み出している現象としての歪みであって、そのぶれや歪みそのものに実体はありません。
極端に逆説的な言い方をするなら、ミランダ・カーさんの存在は、日本社会が見たいと願っている「中国」像のアレゴリカルに変容した代替的投影であるという解釈さえ成り立ちます。

ありきたりの表現ですが、CMは時代を映す鏡です。そして、その見方で考えるのなら、「中国」は烏龍茶のCMから消えたわけではなく、日本人の心象から「中国」が消えたのだということになります。より正確には、「消えた」わけではなく、「消えた」ということにしておきたい、見たくないから見ない、聞きたくないから聞かない、ミュートにしておく、と敷衍するのも、あながち見当違いとは言えないのではないでしょうか。

スクリーンの表層から消えた「中国」は、日本人の無意識裡に冥冥と漂流していて、いつかまた、その像を(ポジであれ、ネガであれ)結ぶことがあるかもしれません。それがいつになるかは分かりませんが、私はまたサントリー烏龍茶のCMに、新しい「中国」が現われることを、静かに、心ひそかに期待しています。

一陽来復~陰陽の茶席~留香茶藝

先日、東京浅草で開かれた地球にやさしい中国茶交流会を訪れました。
この中国茶交流会は、毎年行われているようで、私ははじめてだったのですが、予想していたよりも会場が広く、出店されているショップさんもとても多くて、びっくりしました。

その中で、今回私が参加させていただいたのは、留香茶藝さんの「一陽来復~陰陽の茶席~」です。
留香茶藝
Singapore留香茶芸-Liu Xiang 茶心

 

シンガポールの留香茶藝流派で資格取得をされた日本の茶友会のかたのアーティスティックな茶席で、一般的な中国茶の茶芸とはだいぶ趣を異にしていました。テーブルコーディネイト、茶器の選定、また、どんなに良い茶葉も煎数は3煎までや、茶器の洗浄も茶席の流れに含めるなど、大陸の中国人にはない視点や発想で美しいお茶の空間を創出されています。

一陽来復というと、早稲田の穴八幡宮のお守りを連想しますが、もともとは「易」を由来とした言葉で、陰の符号5本に陽の符号1本で表される旧暦11月の季節(冬至)を指しています。純陰の卦から再び陽の卦が下に一つ兆すということで、この時期を境に、陰から陽へと季節が移り変わっていくので、転じて物事が良い方向へ進むという意味でも使われます。

 

陰の茶席では清香系の鉄観音、陽の茶席では濃香系の鉄観音1992年老茶を頂きました。それぞれの茶席は、陰=月=女性、陽=日=男性を象徴するようなテーブルコーディネイトと茶器の選定がなされていましたが、両席が二元論的に対立するというニュアンスはなく、陰は陰として前後があり、陽は陽として前後があり、陰の中には陽が潜み、陽の中には陰が潜み、どちらもそれ自身で完結された空間でありながらも、同時に、コントラストな演出によってそれぞれの茶葉の味わいが深くなるというような、相補うパラレルな要素を強く感じました。

また、私が特別に心に残ったのは、お茶を頂いたあと、それで茶席が終わりになるのではなく、茶器の洗浄をその席の流れの中で行い、茶席に参加した人みながそれをじっと見つめていたことです。
中国茶では、淹れる前に茶器を温めるためにお湯で流したりもしますが、留香茶藝さんの茶席では淹れる前だけでなく、淹れた後においても茶器にお湯をそそぎ、また、それぞれの茶器をお湯で丁寧に洗浄します。その茶器の洗浄も茶席であり、茶器を洗っている間の時間の流れの強度が、なんというか、お茶を頂いている間の時間の強度よりも鮮明に印象に残るため、もしかしたら、茶席というものは本来お茶を頂くのが目的ではなく、むしろ、茶器を洗うためにお茶を頂く、その茶器を洗う主の滑らかで流麗な手つきをじっと見るためにお茶を頂いたのではないかという、複雑な感情に駆られます。

これは、道具を大切にするということでもあるのでしょうが、しかし、それ以上に、この茶器を洗う時間の流れ方の強度が一体どんな思想を担っているのか、なかなか難しい問いです。茶芸は、お茶の空間全体としてありますが、空間だけでなく、そこに時間が流れないと一つの宇宙にはなりません。
人が時間を感じるためには、集中力のようなものが必要で、なにかに集中して自分の意識がその流れと一体化していると、自分の意識は流れている時間そのものに近づきます。そして、時間というものは、循環をします。茶席の終わりに茶器を洗うのは、茶器を洗う=次の茶席のはじまりということでもあり、これは、終わりがはじまりに繋がるという「易」の思想の顕れなのかもしれません。
また、禅では、食事や食器の洗い方にも作法がありますが、それは、そういう日常の動作一つひとつが禅であるという世界観に基づいています。留香茶藝さんの茶席にも、それに通じるものを感じました。

 

留香茶藝
左が陽の茶席、右が陰の茶席です。

留香茶友会のかたは、シンガポールの李自強先生を師匠とし、それぞれ中国茶サロンや講師などとして活動されています。
今回、陰の茶席の堀井美香様と小西美和様は、ZENVAVA-禅ファッションの禅意茶服を素敵に着こなしていただきました。ありがとうございます。

 

ZENVAVA オープン!

こんにちは!

今年にオープンしました姉妹ショップ 清香花楼オリエンタルスタイルが、新しい名まえ ZENVAVA になって、グランドオープンしました!

ZENVAVAは、新概念「禅ファッション」をテーマに、今まで出会ったことのないような、美しいドレスやアクセサリーを販売しています。

中国は、お茶の文化がとても大きい存在で、お茶を中心に、いろいろな文化、美術、技芸が発展してきました。
最近になって、中国の古い文化からいろいろ学んで、デザインやファッションなど、新しい潮流をつくる若い人たちがでてきました。
ZENVAVAでは、そうした新しい中国茶の文化の表現として、禅意茶服や数珠などをご紹介しています。

禅意茶服、禅ドレス - ZENVAVA
禅意茶服、禅ドレス – ZENVAVA

数珠、念珠 - ZENVAVA
数珠、念珠 – ZENVAVA

2016年1月~8月までのあいだ、清香花楼オリエンタルスタイルにてご注文いただきましたお客さまは、ZENVAVAでもひきつづき同じアカウントにてご注文いただけます。

在庫やサイズ、配送のことなど、わからないことがありましたら、なんでもご質問ください。みなさまのご注文、お問い合せをお待ちしています!

禅ファッションZENVAVA
禅ファッション通販 – ZENVAVA

オリエンタルスタイル オープン!

こんにちは!
2016年1月27日に、清香花楼オリエンタルスタイルをオープンしました!

中国茶の清香花楼」の新しい姉妹ショップです。
オリエンタルスタイルでは、禅ドレス、東洋アクセサリー、中国茶器、花器、香炉、インテリアなど販売します。
いま、禅ドレスの商品をアップしています。

オリエンタルスタイル 禅ファッション
禅ドレス、禅ファッション

禅意茶服
禅意茶服

禅ドレス
禅意仙女ドレス

禅コート
新中国式禅コート

最近、中国で、禅意茶服や茶人服というのが人気になっています。
むかしの伝統文化と、いまのデザインが合体した感じで、とても綺麗です。
お茶の好きな人やお茶やさんが、普段も着ています。
あと、若い人も、文芸復古という、古いけど新しい、なんか不思議な感じのファッションを着ています。

中国は、この10年で、すごく変化しました。
はじめ、日本や韓国、欧米のファッションの真似をしましたが、
最近は中国の昔の文化に帰るようなデザインが増えています。

はじめは、建築で新中式というスタイルができました。
それが家具やインテリアにも広がっていきました。
そして、服装やアクセサリーにもその新しいスタイルが浸透しています。

茶器や香炉なども、これから少しずつ新発売しますね!

ご注意は、オリエンタルスタイルは、日本国内の通販でありません。
中国から直接日本に商品を送ります。
詳しくはオリエンタルスタイルでのお買い物についてのページを見てください。

中国から発送なのですこし不安かもしれませんが、配送や商品のことで問題ありましたら、しっかりサポートします。
ご質問などありましたら、お気軽にお問い合わせしてくださいね。

追記 2016年8月8日
清香花楼オリエンタルスタイルは、「ZENVAVA」と名まえを変えて、新しいショップとして正式オープンしました!
よろしくお願いします!

清香花楼オリエンタルスタイル オープン!ZENVAVA グランドオープン!

鳳凰単叢鴨屎香

「中国で一番飲まれているお茶は緑茶」というのが定説で、10年くらい前の情報だと「7割から8割が緑茶」ということになっています。
その比率が生産量なのか消費量なのかよく調べたことはないのですが、そういう数字をだしている機関がどこかにあったのは確かなのだろうと思います。

ただ、御存知のように中国は無暗矢鱈と広く、福建省の一部の地域にしか住んだことのない私としては、「中国で一番飲まれているお茶は緑茶」と言われても、素直にそうだと得心もできず、「???」というクエスションマークが頭の上についてしまいます。

体感的には、福建省ではやはり烏龍茶がよく飲まれていて、10年前の福州だと7割から8割が鉄観音、あとの半分は武夷岩茶、残りの半分がそれ以外、という印象でした。

最近になって、正山小種や金駿眉などの武夷紅茶、また福鼎白茶が怒涛のトレンドとなり、知り合いの家にちょっとお邪魔するととりあえず小種紅茶がでてくるということも珍しいことではなくなったような気がします。いまのアモイだと鉄観音の体感比率は4割から5割くらいに低下しています。まあ、あくまでも個人的な体感ですが。

もちろん福州やアモイで緑茶が飲まれていないわけではなくて、春の新茶の時期には前回のブログ(と言っても半年以上前の記事ですが、、)でも触れた龍井茶など街の茶館の店頭でもちらほら見かけます。ただ、一年を通じての流通量は、上海や杭州と比べたら圧倒的に少ないのではないかと思います。

この龍井茶と同じように、銘茶であるにも関わらず福建であまり消費されていないお茶として、鳳凰単叢があります。

単叢は、広東省潮州市鳳凰鎮烏ドン山の特産烏龍茶で、薫り高く、贔屓目なしで評してもすごく美味しいと思うのですが、福建と雲南という二大産地に挟まれているためか、どういうわけか地元(のはずの)広東のマーケットでも劣勢苦戦しているという、なんとも不遇を託つ茗茶のように語られてきました。

ところが、その不遇のイメージから脱却するような兆しがここ一二年で感じられます。その象徴が、鳳凰単叢鴨屎香(ヤースーシャン)の流行で、その名前からは俄かに信じがたいのですが、蜜蘭香よりも蜜蘭だということで、単叢フリークの間ではいまや蜜蘭香と人気を二分するまでポピュラーになっています。

私がはじめて鴨屎香を飲んだ時には、実は名を知らずただ単叢ということでいただいたのですが、一口飲んで爽やかに広がる回甘の強さに感動し、「これはなんという名の単叢ですか、まったく苦味がありませんね」と、目の前の、茶を淹れてくれた褐色の女性に尋ねると、こういう問いをもう幾たびもやり過ごしたのだろうと察せられる不敵な笑みをうかべて、傍らの鉄缶の蓋に印刷されている文字「鴨屎香」をコンコンと指さすので、その字が私の目にうつり意味の咀嚼をこなそうとしても、どうにも茶そのものの滋味と字の解釈がちぐはぐで咄嗟に言葉を返すことができず、茶ではなく女性の着ているやや艶やかすぎるのではないかとその時思ったマゼンタ色のブラウスの襟を数秒間じっと見つめていたのを思い出します。

というわけで、私の中で鴨屎香という茶の不可解さは艶やかなマゼンタのブラウスと結びついているのですが、これはまさに一期一会とでも呼ぶべきものかもしれません。理屈の立たない連想ですが、私にとってはいままで一番美味しい単叢で、この先も同じ味には二度と会えないだろうと確信しているからです。「美味しい」という感動は往々にして一回性のもので、同じ条件下においてもその感動は反復されません。だからこそお茶は「美味しい」のだと思います。

 

茶商によっては、鴨屎香は大烏葉の別称で、大烏葉単叢の清香タイプが鴨屎香だと説明する人もいます。つまり、鳳凰単叢も鉄観音のように焙煎の軽い清香製法が編み出されて、それが鳳凰単叢の新しい普及に一役買っているということです。

単叢の清香製法は「抽湿」と言われ、焙煎加工の最後に真空状態マイナス40度で冷却をして、その急激な温度変化によって茶葉から水分を抜き去ってしまうという製法です。機会があれば間近で見てみたいものですが、ただ漫然と見てもどうしてこれで茶葉そのものの自然の甘味が顕在化するのかは化学的に理解できないだろうと思います。茶師自身に成分分析的な発想はないので、かなりのトライアンドエラーで生み出された技術に違いありません。

上の画像の鴨屎香も、いままでの伝統的な焙煎の単叢とは違って、だいぶ緑色をしています。茶葉だけ見てこれは単叢かと言われても、私はたぶん分かりません。火入れが軽い茶葉だというのは分かりますが、実際の製造直後はもっと鮮やかな緑色で、常温で保存している数か月の間に色合いが徐々に変化したのではないかと想像します。

抽湿法の鴨屎香が一過性のブームで終わるのか、それとも清香鉄観音のように定着するのかの見きわめは、もうしばらく時間の経過が必要かもしれません。

マカオ博物館

おひさしぶりの日記です!

ちょっと前ですが、夏休みに、家族でマカオに行きました。

 

マカオ、タクシー

 

ホテルからタクシーでマカオの街に行きます。

長い橋をわたりました。

はじめて行く街、とてもわくわくしますね!

 

新馬路

 

タクシーをおりたのは、新馬路という有名な観光地。

このあたりは、どこも道がきれいに石で模様されています。

建物も色がおしゃれですね。

 

マカオ散歩

 

 

ここから散歩して、大三巴まで行きました。

大三巴は、聖パウロ天主堂のことで、むかし火事で燃えてしまったけど(?)

正面の壁が残っています。

 

 

聖ポール教会

聖パウロ天主堂

 

よく見ると、彫刻がたくさんありますね。

うしろは、こんな感じなっています。

 

聖パウロ天主堂

 

みんな、あーこんな感じー って見ています笑

 

観光地図を見ると、マカオの街中には、むかしの有名の建物たくさん!

ほんとは、ゆっくり散歩していろいろ見たかったけど、

太陽が、、、真夏なので、とても暑くて、、、

ずっと外を散歩するのは、ちょっとたいへんな感じです。

 

それで、大三巴のとなりの山にある、マカオ博物館に入りました。

 

マカオ博物館

 

中は冷房きいていて、

そんなに冷房もききすぎでなくて、ちょうどいい感じ。

 

マカオ博物館

マカオ博物館

 

アジアの文明と欧州の文明の出会いというお話しで、

いろいろなものが展示されています。

 

わたしは、歴史はよくわからないけど、

博物館みたいなところが好きで、ならべられてるものを、ぜんぶ見たい気分になってしまいます。

模型も、とても丁寧につくってあります。

 

マカオ博物館

茶壺

 

茶壺もありますね。

中国茶のことも、むかしからの貿易が説明されていました。

 

茶貿易

お茶の説明

 

「O CHA」 と書いてあって、

え! お茶! 日本語!

と思いましたが、じつはポルトガル語でお茶のことを「O CHA」と書くみたいです。

日本語そっくりですね。

 

一番うえの階に、特集の「洛港東帆-18世紀中国フランス海のシルクロード」

が展示されていました。

でも、中は撮影禁止でしたので、写真ありません。ごめんなさい。

 

 

マカオ博物館

マカオ博物館

 

博物館の出口は、小山の上で、マカオの街が見えます。

すごい形のホテルありますね笑

このあと、お食事して、教会の中を見学などもしました。

 

マカオ旅行おすすめです☆

(お散歩は春か秋がいいです)

 

2017-01-17T15:18:35+00:002015年10月12日|Categories: 店長ユンチン日記, 旅行 by ユンチン|Tags: |

「花は美しく咲いて、味はとても繊細です。」

Flowers open beautifully and have a delicate taste. They are really nice as small presents too. Shipping from China to Norway took almost a month.

Reviewed by Leonie Jensen, Norway

花は美しく咲いて、味はとても繊細です。工芸茶はちょっとしたプレゼントにするのに本当にいいですね。中国からノルウェイまではだいたい1カ月かかりました。

(ノルウェイ・Leonie Jensen さま)

I am thrilled with this product. It came in 3 weeks, very reasonable pricing. I love the blooms and the taste is excellent. I'm giving these out as bridal shower favors and I think the guests will love them!

Reviewed by Karissa Tanner, USA

とってもわくわくしていました。3週間で到着して、良心的なお値段だと思います。お花がとても好きで、味も素晴らしいです。私はブライダルシャワーのおまけして使おうと思っています。お客様もきっと好きになってくれる!

(アメリカ・ Karissa Tanner さま)

Etsyで工芸茶をご注文いただいたお客さまからご感想をいただきました! ありがとうございます!

>>清香花楼チンシャンファーロウEtsy工芸茶レビュー<<

2017-01-17T15:18:35+00:002015年5月14日|Categories: 花茶美人, 工芸茶レビュー|Tags: , |

ワケあり明前西湖龍井2015年

どうしてそんな茶葉をアップで撮影してアップするのかと中国茶を知っている人からは怒られてしまうかもしれませんが、
題名のとおり「ワケあり」龍井茶です。
いや、ワケありもなにも、そもそも市場で手に入る龍井茶は大半がはじめからワケありなのではないかと言い募る人もいるかと思いますが、これは間違いなくワケありの茶葉なので、わざわざ「ワケあり」を名乗るが正直で正統だろうと思います。

前回紅茶のことを書いた後にやはり春の香りが恋しくなってしまい、杭州西湖区のさる茶農家さんから画像の茶葉を送っていただきました。
別に正真正銘の明前西湖龍井(のワケあり)ということを意識しなくとも、届くや否や封を切った瞬間の芳ばしい香りに一目惚れならぬ一嗅惚れしてしまい、「もうこれでいいだろう、今年の緑茶は」と妙に独りごちて小躍りをしたい気分になってしまいました。

どちらかというと日本人にとって中国の緑茶はとっつきにくいのですが、それは日本が緑茶文化で、スーパーの千円の煎茶(洒落ではありません)がもう充分に美味しいというのも関係しているかもしれません。
もちろん清涼飲料水やティーバッグの原材料として中国の緑茶(いわゆる茎茶)も日本に大量に輸入されてはいるのですが、中国で一般に販売されている緑茶とは異なります。
日本の緑茶と中国の一般の緑茶で括目すべきは製法の違いで、日本の緑茶は蒸して熱を入れるのですが、中国の緑茶は「炒青」という炒る製法で熱を入れて発酵を止めます。
この製法の違いは味や香りの違いにもなり(いい喩えではないかもしれませんが、茶碗蒸しをフライパンでつくることはできないという当たり前のシーンを想像してみてください)、中国の緑茶には煎茶のような舌の上で綺麗にまとまるある種の洗練さが欠落しています。
一口啜ると「これは茶ではなく、もしや草では、、」などと訝るくらいに自然そのままの荒々しい(というか生々しい)茶葉もあります。

しかし、龍井茶は、とっつきにくい中国緑茶の中では比較的なじみやすいほうなのではないでしょうか。
英語圏で緑茶というとこの龍井茶(Dragon Well Tea 文字通りの「龍の井戸の茶」)が筆頭にリストされることが多く、
それは名前にドラゴンがついているのでオリエンタリズムを掻き立てるという面もあるのでしょうが、
それ以上に、やはり外国人が実際に飲んでみて普通に美味しいと感じられる普遍性のようなものがあるからだと思います。

日本で通販をしている時によく「上海旅行のおみやげで西湖龍井茶というお茶をもらったのだけど、その値段を教えてほしい」というお問い合わせをいただきましたが、これにはなんとも説明のしようがなく、答えに窮してしまうことがありました。
パッケージに書かれている漢字(店の名や会社名)を日本語の読みで伝えてくれるのですが、それを聞いても値が分かろうはずもなく、いい加減なことも言えないので、
「いや、すみません、よくわからないです」と答えました。
「だいたい高いのがいくらくらいとかでいいから教えてよ」
「いや、その高いやつがよくわからないんですよ」
「でも相場ってものがあるでしょ」
「その相場がめちゃくちゃなんです」
「あなたお茶屋なのにそのくらいもわからないの」
「ところで、その龍井茶、美味しいですか」
「まあ、美味しいわね」
「じゃあ、めでたいことじゃないですか」
などという会話も記憶の断片にあるのですが、要はおみやげの龍井茶も普通に飲んで普通に美味しいものがあるということです。

西湖龍井は摘み取った日の夜に製茶師が手で釜で炒るのですが、その釜入りの過程で非常に芳しい香りが生まれます。
掌の茶葉の香りを嗅いでいると思わずぱりぱりと茶葉を齧ってしまいたくなるくらいの芳ばしさです。
本来はこの香りや味わいで茶の真価が決まるべきなのですが、マーケットではどの茶畑のどの時期のものかが重視されており、
毎年予約ですべて捌かれるブランド畑の茶葉がはたしてどこまで価格相応なのかは疑問です。
同じ畑の茶葉を同じ人間が製茶しても、決して同じお茶にはならないからです。

ただ時期というのは重要で、やはり早春に摘む芯芽のほうが美味しいのは確からしいと考えています。
分析したわけではないのですが、冬の寒さを耐え育ったはじめの茶葉にはなにか成分的に違うものがあるのかもしれません。

今回は3月23日摘みの龍井茶を茶農家さんからいただいたのですが、これは製茶の過程で茶葉の形が崩れてしまったものです。
ワケありと言ったのはそのためで、うっかけ煎餅のようなものです。

また、画像の中にいくつか玉のようなものが見えますが、芽の表面の毫毛が集まって丸くなったものです。

アモイの海辺 珍珠湾

いま住んでいるところから、歩いて10分くらいで海辺があります。

珍珠湾という海辺が一番近くて、砂浜が綺麗ですね。

天気のいい日は、よく家族で海辺まで散歩します。

 

ユンチン海辺

 

珍珠湾の風景

 

夏になると、昼は暑くてあまり人がいなくて、夕方から散歩する人が多いです。

あと、旅行で来る中国人もたくさんいます。

海辺の道路を自転車でサイクリングできます。気持ちいいですね。

自転車はレンタルもあります。

 

アモイ海辺 サイクリング

 

珍珠湾

 

書法広場や音楽広場ということろもあります。

夕方がとても綺麗なので、たくさんの人が遊びにきます。

 

珍珠湾の夕方

 

珍珠湾の夕暮れ

 

珍珠湾の夕暮れ

 

それから、結婚の記念写真をとっているカップルさんもいます。

中国だと、結婚写真をよく外でも撮影するですね。

 

アモイ海辺風景

 

海辺の結婚写真

 

海辺の結婚写真

 

海に散歩にいくと、いつもカップルさんに出会います。

見てるだけわたしも楽しくなります〜

みなさんお幸せに☆

2017-01-17T15:18:36+00:002015年4月23日|Categories: 店長ユンチン日記, アモイの生活 by ユンチン|Tags: , |

「私の結婚式のゲストのかたにきっと工芸茶は大ヒットすると思います」

Thanks so much! I'm sure they will be a big hit with my wedding guests.

Reviewed by D'Lisa

「ありがとう! 私の結婚式のゲストのかたにきっと工芸茶は大ヒットすると思います。」

(アメリカ D’Lisa さま 工芸茶120粒アソートをご購入)

Lovely assortment of tea flowers for good price, packaged well and shipped on time! Thank you 🙂

Reviewed by Jenna Rönkkö

「とっても素敵な花茶アソート。お値段よし、パッケージよし、発送もよし! ありがとう:)」

(フィンランド Jenna Rönkkö さま 工芸茶8粒アソートをご購入)

Etsyで工芸茶をご注文いただいたお客さまからご感想をいただきました! ありがとうございます!

>>清香花楼チンシャンファーロウEtsy工芸茶レビュー<<

2017-01-17T15:18:36+00:002015年4月8日|Categories: 花茶美人, 工芸茶レビュー|Tags: , |

坦洋工夫紅茶

春なので自然に緑茶が飲みたくなるのですが、この冬はずっと坦洋工夫紅茶を飲んでいて、朝の習慣になってしまいました。
坦洋工夫(tanyang gongfu タンヤンコンフー)というのは、福建省福安市坦洋村産の紅茶です。

福安は、工芸茶ジャスミン茶の産地でもあるのですが、もともとは紅茶の名産地でもありました。
ここ数年の中国での紅茶ブームのお蔭で、この銘柄も息を吹きかえしたかのようです。
福安市内にはあちこちにこの銘柄の派手な看板や広告があり、もはや完全に紅茶の町になっています。
郊外には人口の半分以上がお茶で生計を立てている村もあるので、日本人的に言うならば、さながら
「紅茶で村おこし」ということになるかと思います。

味のほうは、なんともいえないまろやかさと、舌全体をふわりと包みすうっと徐々に広がる微妙な甘さが特徴です。
ミルクや砂糖なしで十分に甘みがあり、ストレートで啜って味の広がりや口中での変化を楽しみます。
芳醇というような形容がふさわしい茶葉で、ほかにいい表現が思い浮かびません。

質はやはりピンきりなのですが、そこそこの値のものでゴールデンチップ盛りだくさんの茶葉に出会えます。
ゴールデンチップというのは、金色に見える芽のことで、新芽のいいとこどりのようなものです。
この按配が味の奥行に一番影響しているので、高値のものはすべてゴールデンチップだったりもしますが、
普段飲みにはあまり、、、(以下略)という気もします。

小売でものすごい気合のはいった高級パッケージ品がべらぼうな値で売られていることもあり、
もちろんそれはそれで一つの商売なのだろうとは思うのですが、
お茶本来の存在意義からは離れてしまうので、個人的にはちょっと複雑な気持ちにもなります。
(もっとも、ギフトとしての需要は確かにあるので、その路線自体を決して否定はしません。
というか、要はそれが成り立ってしまうだけのマーケットがいまの中国にはあるということなのですが。)

ただ、坦洋工夫はまだ知名度が美味しさを凌駕していない銘柄なので、良質のロットが入手しやすいという面もあります。
お茶好きにとっては間違いなくコスパのいい茶葉に入るでしょう。
正直、これを飲んでいるとほかのお茶が飲めなくなってしまいます。

工夫というと、日本語では「くふう」で、あれこれ創意工夫するの工夫です。
中国語の工夫(カンフー)はというと、音が同じなので、ついつい功夫(カンフー)を連想してしまいます。
ちょっと検索すると、ふたつの言葉が同じように使われているケースもあるようで、へえと思いますが、
お茶のほうでは「工夫茶法」として有名で、茶壺にお湯をかける中国茶の飲み方として日本でもよく紹介されます。

てっきり坦洋工夫の「工夫」もそこから派生したのだろうと思っていたのですが、
どうも事情は逆のようで、時代をさかのぼると、19世紀には工夫茶=福建紅茶として意味が定着していたようです。
当時の福州の税関に「South China Congou(=Gongfu)」という項目があり、もっぱら紅茶のことを指しています。
19世紀アメリカ人は朝ベッドの中で砂糖たっぷりの紅茶を飲んでからでないとベッドから起きあがれないという習慣を持ち、
また、英国人のアフタヌーンティーで「Cougou/カングー」といえば、福建紅茶=ブラックティーの等級の一つでした。
もともとは、武夷山の紅茶のことで、「小種スーチョン」に次ぐ等級の呼称として使われていたようです。

工夫茶=紅茶という言葉が普及すると、華南や台湾の茶人の間では、いつの頃からか自分たちの茶の飲み方を
「工夫茶法」と名づけるようになり、それを商売に応用しました。
なので、いま知られている中国茶の入れ方(中国茶芸)は、日本の茶道のような伝統というよりも、
むしろ、20世紀の中国茶産業が生み出した拡販ツールという性格のほうが強いといえます。
実際に陸羽の「茶経」を読んでみると、そこで描写されている茶道具には、日本の茶道のほうにこそその面影を感じます。

目下の坦洋工夫と18-19世紀のアメリカ人・英国人の味わっていたカングーがどこまで相通じるかは定かでないのですが、
クセになるというか中毒性があるというか、まことにお茶は嗜好品であるという点において時代と場所は問わないということなのでしょう。

ちなみに、現在の坦洋工夫の輸出先はロシアがメインのようです。

ショッピングサイトをリニューアルし、新世代中国茶品牌-清香花楼マーケットプレイス として再開いたしました。